大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

函館地方裁判所 昭和46年(ワ)41号 判決 1972年6月28日

原告

高橋福治

高橋とめの

代理人

大巻忠一

被告

安田火災海上保険株式会社

代理人

小村修平

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一訴外亡高橋忠男および訴外佐々木順一はいずれも訴外有限会社八雲三共砕石に雇傭されていたものであること、右高橋忠男は昭和四五年六月二四日午前一一時一五分頃山越郡八雲町字大新二〇番地先有限会社八雲三共砕石サランベ川砂利採取において本件加害車を運転し砂利採取に従事していたこと、右高橋忠男は右作業を一時中断し、本件加害車のショベルを上方に押し上げたままエンジンを切り、運転台を離れて本件加害車の前方においてエンジン外装部を磨いていたところ、たまたま訴外佐々木順一が本件加害車の運転台に上ろうとしてショベル操作レバーを押し倒したため、右ショベルが落下しその左側アームが前記高橋忠男の腰部に激突し、同訴外人が腹部内臓破裂等の傷害を受け同日午後一時四〇分頃八雲町東雲町五〇番地町立八雲病院において死亡したこと、右加害車の保有者が訴外千徳季治であることはいずれも当事者間に争いがない。

二右争いのない事実に、<証拠>を綜合すると、次の事実が認められる。

1  訴外亡高橋忠男は昭和四三年春頃より砂利採取業を営む訴外有限会社八雲三共砕石に勤務し当初普通自動車の運転者として、昭和四五年五月頃よりショベルローダーの運転者として稼働していたものである。

右高橋忠男は事故当日事故現場において、砂利採取のため、本件加害車を運転し、同訴外会社従業員たる訴外佐々木順一の運転するダンプカーと連繋しながら作業に従事していたが、一時右作業を中断し、同日午前一一時頃右高橋忠男は本件加害車に油圧用オイルを給油しショベルを二、三回上、下させてからこれを上方に押し上げたままエンジンを止め、運転台を離れて右加害車の前方においてエンジン外装部を磨いていたものである。

しかして、本件加害車はショベルを上方に押し上げた際、これを落下しないよう固定するには安全ピンを送つて直接ショベルの落下を防ぐ装置と、ショベルを操作するレバーを固定することによつて、ショベルの落下を防ぐ装置とが存在したが、右高橋忠男は運転台を離れるに際し右安全装置のいずれも作動させておかなかつた。

2  訴外佐々木順一は右加害車と約七五糎を隔ててダンプカーを並列させその運転台より前記高橋忠男の給油作業を見守つていたが、右高橋忠男が本件加害車の前方に廻つて姿が見えなくなり五、六分を経過したがなお戻つてくる気配がないことから、同訴外人の様子を確認すべく、ダンプカーの運転台から下りて本件加害車の運転台に上ろうとしたが手をかける適当な場所がないことからショベル操作レバーを片手で掴みこれに体重をかけて引き上げようとしたところ、右レバーを前方に倒してしまい、そのため上方に押し上げられていたショベルが急激に落下し前記のとおり本件事故が発生したものである。

三被告は本件ショベルの落下は自賠法に所謂運行に該当しない旨主張するのでまずこの点について検討する。

自賠法第二条第二項によれば運行とは自動車を当該装置の用い方に従い用いることをいうと定めている。しかして右当該装置は走行装置に限定さるべきではなく、本件加害車におけるショベルの如く当該自動車に固有の装置として設置されているものを含むものと解すべきである。

そして、本件ショベルの落下はエンジンの動力にかかわりなく自重によつて落下したものであつて、目的的にこれを操作した場合にあたらないことは被告の主張するとおりであるけれども、エンジンの動力によつてショベルを下降せしめる場合とエンジンの動力にかかわりなくショベルの自重によつて落下する場合とを比較してみても外観上その態容において著しい差異は存しないから、エンジンの動力にかかわりなく自重によつて落下する場合も運行に含まれるものというべきところである。

しかしながら、ショベルの落下はエンジンの動力によつてこれを上方に押し上げる行為があつて始めて生じ得るものであるから、落下の部分のみを切り離して自賠法第二条第二項に所謂運行にあたるか否かを論ずべきではなく、エンジンの動力によつてショベルを上方に押し上げた運行行為とその落下とを一体として評価し運行にあたるものと解すべきである。

したがつて、前記認定のとおり、本件加害車のショベルをエンジンの動力によつて上方に押し上げた運転行為は訴外亡高橋忠男がなしたものであり、過つてこれを落下せしめたのは訴外佐々木順一であるけれども、その間わずかに数分間が経過したにすぎないから、これら全体を一体として評価し自賠法第二条第二項の運行にあたるものというべきである。

よつて、本件ショベルの落下が運行にあたらないとする被告の主張は理由がない。

四次に、被告は本件ショベルの落下が仮りに運行にあたるとしても、訴外亡高橋忠男は本件加害車の運転者であつて、自賠法第三条の他人に該当しない旨主張するのでこの点について検討する。

ショベルを上方に押し上げる運転行為とショベルの落下とは一体として運行と解すべきこと前段判示のとおりであり、前記認定の事実によれば、ショベルを上方に押し上げた運転行為は本件加害車の運転者であつた訴外亡高橋忠男がなしたものであり、しかもそのままの状態でエンジンを切断し且つショベル落下防止の安全装置を作動することなく運転台を離れ、本件加害車の前方において数分間そのエンジン外装部を磨いていたのであるから、右事実関係の下においては右高橋忠男は本件加害車の運転者たる地位を離脱していなかつたものというべきである。

しかのみならず、前記認定の事実によれば、訴外亡高橋忠男は本件加害車のショベルを上方に押し上げたままエンジンを切断したものであるから、ショベル操作レバーを操作するときは右ショベルは自重によつて落下する状態にあつたことが認められる。したがつて、右高橋忠男はその運転台を離れるに際しこれが落下を防止するため安全装置を作動しておくべき義務があつたものというべく、右高橋忠男において右安全装置のいずれかを作動させていれば本件事故の発生は避け得たところであつて右訴外人は不注意にもこれを怠つた過失が認められる。

しかして、前掲各証拠によると、訴外佐々木順一は本件加害車の運転資格を有しないとはいえ、そのショベル操作を二、三度経験したこともあつて、その運転台における各装置について一応の知識を有していたことが認められる。したがつて、同訴外人においても本件加害車の運転者たる訴外亡高橋忠男が運転台を離れている間に漫然運転台に上るべきではなく、しかも前記認定のとおりショベルが上方に押し上げられたままであることならびに訴外亡高橋忠男が運転台を離れて本件加害車の前方に廻つたことを認識していたのであるから、運転台のショベル操作レバーに手を触れることのないよう注意すべきにかかわらず、漫然右ショベル操作レバーに手をかけて体重を引き上げようとしたため、これを前方に押し倒し、ショベルの落下を生じさせたものであつて、本件事故は訴外亡高橋忠男が安全装置を作動させなかつた過失と訴外佐々木順一のショベル操作レバーを押し倒した過失が相まつて発生したものというべきである。

以上認定の事実によれば訴外亡高橋忠男は本件加害車の運転台を離れてその前方において作業中訴外佐々木順一がショベル操作レバーを押し倒す事態など全く夢想だにしていなかつたことが推測されるけれども、右事情を考慮してもなお訴外亡高橋忠男の過失と本件事故との間には相当の因果関係が存するものといわなければならない。

五以上、訴外亡高橋忠男は本件加害車の運転者として、本件事故の発生につき過失があり、本件加害車の運転者たる地位を離脱していなかつたものと認めるのを相当とすべく、同訴外人が本件加害車の運転につき他人に該当することを前提とする原告らの本訴請求は爾余の判断をまつまでもなく失当として棄却すべきである。

よつて訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(新海順次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例